2020.05.20 02:2011. 東京タワーの日 東京タワーに電話してみると、他のお客様にご迷惑をかけなければ……ということだったので、私はAmazonでケージを購入した。白石さんと相談して、なるべく外が見えやすいものを選んだ。カレンダーに丸印をつけて、ふたりで指折り楽しみにした。「白石さん、ちょうど東京タワーで魚祭りとかやってるみたいだよ」「さかな! いったいどんなお祭りなんですか」「なんか日本各地のい...
2020.05.20 02:1510. 宅飲みの夜「そんなことがあったんですね」「やせ我慢して、いい女ぶって帰ってきちゃった」 私は缶ビールを片手にからからと笑う。白石さんは久しぶりにテーブルの上に乗っている。私が無理を言って乗ってもらったのだ。白石さんの前には煮干し、私の前にはいか燻製とビーフカルパスが並んでいる。白石さんは煮干しをひとつ口にくわえる。白石さんと一緒の宅飲みも、悪くない。「魂が動いちゃうぐ...
2020.05.20 02:109. 天馬家へ 駅を出ると木枯らしが吹いたので、私は開けていたコートのボタンを慌てて閉める。冬がもうそこまでやって来ているのだ。一年ってなんて早いんだろう、思い返してため息をひとつつく。この一年、いや正確にはこの数ヶ月だが、目まぐるしい毎日を送ってきたような気がする。一日一日を生きていくので精一杯だったが、こうして振り返ってみると、いわゆる激動の一年ってやつだったのではな...
2020.05.20 02:058. 秋の午後に「祥穂さん? 祥穂さん……?」「……あ、ごめん、ぼーっとしちゃってた」「大丈夫ですか?」 白石さんが心配そうに、山吹色の大きな瞳で私を見上げる。「どうして?」「だって、このところずっと、祥穂さん、ぼうっとしている時間が増えたから、なんだか心配なんですよ」「秋だからかな」 私はお茶を濁して、台所の拭き掃除を再開した。心の曇りも一緒に拭き浄められればいい、自然と...
2020.05.20 02:007. ある月夜 季節は巡って、いつの間にやらすっかり夏になってしまった。今夜は取引先の式場での納涼会だったのだが、若いスタッフさん達の選曲や演出に少し疲れてしまって、地元の駅に着くまでにはくたくたになってしまった。いくら納涼会とは言っても、やっぱり仕事という意識が拭えず、気が張っていてほとんど何も食べられなかったので、小腹を満たそうとコンビニを覗く。 そういえば、このとこ...
2020.05.20 01:556. 食卓 私の額をざらざらとした舌が舐める。熱の気怠さの中でうとうとしていた私は、うっすらと目を開ける。「祥穂さん、うなされてましたよ。ポカリ飲まないと」「ありがと」 そうか、夢だったか。何度もリプライズで思い出してしまうなんて、案外私の記憶力も馬鹿にはならないんだな。 ワインバルでの夜以降、私はひどい風邪をひいてしまった。店を出ると雨が降っていたのに、かっこつけて...
2020.05.20 01:505. ワインバルの夜『祥穂さん、こんにちは。今夜もしお時間ありましたら、西三日月町駅前のワインバルに行きませんか?お店のURLはこちらです』 昼休みにスマホを確認すると、尚司くんからのLINEが入っていた。いつものように地元集合ではあるものの、珍しいことにいつものラーメン屋、天馬家ではない。私は目をしぱしぱさせて、何度か画面を確認した。URLのリンク先は、飲食店のランク付けをす...
2020.05.20 01:454. 葉桜の頃「祥穂さん、今年花見行きましたか」「ううん、暇がなくって。尚司くんは?」「俺も全然。でも仕事で桜だけはたくさん見ました」「それを人は花見と呼ぶんじゃないの?」「いやー、違いますよ。花見って言ったらこう、お弁当持って、ビール持って……じゃないですか」「確かにね」 駅前のラーメン屋、いつもの天馬家で、髭の青年……渋沢さんから、いつの間にか尚司くんと名前で呼ぶよう...
2020.05.20 01:403. 心が動く時「ただいま……」 話し込んですっかり遅くなってしまった。ドアを開けると、いつも出迎えてくれる白石さんが出てこないので、私は少し寂しい気分になって電気を小さく点ける。白石さんは、ソファーのクッションの上で丸まって、すやすやと規則正しい寝息を立てていた。私は安心して、ジャケットをハンガーにかける。やがて、気配に気付いた白石さんは目を覚ました。「あら祥穂さん、いつ...
2020.05.20 01:352. ラーメン屋にて その日の帰りはすっかり遅くなってしまった。私は白石さんに留守電を吹き込んだ。「祥穂です、遅くなってごめんなさい。結局長引いちゃいました。ハラペコなので、駅前でラーメン食べて帰ります」 白石さんは電話の応対はしないのだが、こうして声でメッセージを残しておくことで安心してくれる。なんだかんだで心配しながら待っていてくれるので、遅くなった時は、いつからともなくこ...
2020.05.20 01:301. 白石さんのこと「祥穂(さちほ)さん、起きてくださいな……起きてくださいな、朝ですよ」 細くて甘い声が私の耳元で囁く。寝返りを打つ。あと五分、五分でいいから。「駄目ですよ、今朝は定例会議があると言っていたじゃないですか、先週もそんなこと言ってて遅刻したじゃないですか、ほら早く起きましょうよ、祥穂さん」 私の首筋を熱い舌が舐める。くすぐったくて、身悶えする。ざらざらとしたその...